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[ハマー式]英語で夢を紡ぐために必要なこと

ハマー式スパルタ英語学習法

濱崎潤之輔さんのスペシャル記事、全6回の予定で本日スタート!今回は、講義や執筆などを通じて「英語を教える」プロとして活躍するハマーさんのこれまでのキャリアやその仕事観を、辛口ネコが聞いてみます。

濱崎潤之輔さんってどんな人?

濱崎潤之輔さんは英語講師。明海大学、獨協大学などで大学講師を務めるかたわら、楽天銀、SCSK(住友商事グループ)、エーザイなどの大手企業でもTOEICテスト対策の講師を務めています。2006年からTOEICテストを受け始め、TOEIC満点の990点を50回以上獲得しており、『中学校3年間の英語が1冊でしっかりわかる問題集』『TOEIC L&Rテスト990点攻略など著書も多数(累計30万部超!)。無類のプロレス好きでもあります。

TOEICのハマー」誕生までの道のり

辛口ネコ1,2,3,4,5,6,7!2017年に出た本だけで、著書や監修をしたのが7冊もあるニャ。どうしてこんなにたくさん本を書くことができるニャ?

ハマーさん書くのは大変ですが、チャンスをたくさんいただけるのはありがたいですね。じつは、僕は「本を出したい」とは一言も言っていないんですよ。すべて出版社さんからのご依頼によるものです。

辛口ネコそうはいっても、うらやましい。。。一体どうすればそうなるニャ?

ハマーさんうーん。TOEICに対して、他の誰にも負けないレベルで、一意専心向き合ってきた結果でしょうか。まぁ、収入の面では、塾の経営をしていた時代にやっと追いついた、という感じですね。

辛口ネコん?塾?経営?ハマーさんは塾の経営者だったニャ?書籍編集者だったって聞いてたけど。

ハマーさん以前、塾を経営していた時があったんです。確かに、書籍の編集をしていたこともありますし、スーパーの品出しをしていたこともあります。

辛口ネコうわぁ。なんとなく面白そうだとは思っていたけど、予想以上のカオス。。。んじゃ、時系で教えてニャ。

英語との縁はなかった20代

辛口ネコ20代は何してた?新卒の時からざっくり教えてニャ。

ハマーさん新卒で大手の証券会社に入ったのですが、1年たたずに辞めましたね。体力的にも精神的にもかなりキツかったです。

仕事というよりは研修だったのですが。1年目だからまだスキルが全くないので、株を売ったりすることはなく、まずは「証券マンが過ごすべき1日」を体感する、みたいな生活でした。

朝5時とか5時半に起きてまず新聞を読むのですが、毎日7紙を読むルールなので、それぐらいの時間から読まないと読みきれない。朝ごはんを食べる頃にようやくひととおり読み終わって「今日はこんなニュースがあったよな」という話をみんなでするんです。

辛口ネコまったくキツくないニャ。むしろ裏山ニャ。

ハマーさん「今日はどんな仕事をするのかな」と、同期のみんなで話していると「今日は本社へきなさい」と指示があって八重洲の本社へく。本社にくと、プラカードを持った人たちが本社の周りを取り囲んでいて。

その人たちに「すみませんが・・・」と言ってどいてもらうのが仕事だったりした日も結構ありました。

辛口ネコ訂正。うらやましくないニャ。

ハマーさんでしょ? 私の退社のしばらく後に、その会社は倒産してしまいました。

どこかで働きながらじっくり考えようと思ってたので、その後は、とりあえず、スーパーで働き始めました。

当時住んでいた相模原から原付で20分くらいの、府中駅の近くのスーパーで、1年間働きました。司法試験にも興味があったので、バイトをしながら司法試験の勉強もしていました。

辛口ネコいかにもな自分探しだニャ。法律、昔から興味があったニャ?

ハマーさん法学部ではなかったんですが、周りには法律が好きな人や、弁護士を目指している人も多かったので、影響を受けたのでしょうね。

ただ、司法試験は結局、受験できるレベルに達することなく挫折してしまったのですが。司法試験予備校のテキストを買って勉強を始めはしたものの「全然覚えられない。これは無理だな」と思いました。

スーパーの品出し係から塾講師に

ハマーさん当時のスーパーの給料ってそんなに高くなくって。毎日働いてもたかが知れているんです。ある日、タウンワークで見かけた塾講師のアルバイトは少し給料が良かった。「塾講師は、なんとかやれるんじゃないかな?」と思って、始めてみたんです。

場所は横浜の緑園都市。小さいフロアに小学生から高校生までいるような、インディーズな塾で働き始めました。

辛口ネコ科目は英語を教えてたニャ?

ハマーさんいえ、小さな塾なので何でも教えるのですが、メインは国語です。数学も社会も、もちろん英語も教えていましたが。

大学時代にも一対一の家庭教師の経験はあったのですが、家庭教師をやっている時は、「家庭教師は自分に向いているな」とは思っていなかった。それが、塾でみんなの前で教えてみたらすごく楽しくて。自分に合っている感じがしたのです。

ある時、僕の務めているインディーズな塾の隣に、神奈川では3本の指に入るようなメジャーな塾ができたんです。僕がいた塾は地下のフロアを借りていたんですが、そっちはビルまるごとで、大きな看板もちゃんとある。

「なんだか、本格的な塾ができたな」と思って、気軽な気持ちで応募してみたんです。

そうしたら合格して、社員として入社することになりました。8年ほど在籍していましたね。

学習塾の経営も経験


濱崎潤之輔さん

辛口ネコ塾の社長になるのはどんなきっかけニャ?

ハマーさん予備校や塾は、アンケートを取って先生ランキングや人気ランキングみたいなものをいつも取っています。人気が下の方だったら指導が入って、いたたまれなくて辞めていく人も多い、という世界です。

いつの間にか、僕のランキングがすごく上になっちゃって。「これは自分でやれるんじゃないか?」と思ったんですね。勤め先の塾と同じ駅の反対側に、後輩2人と僕の3人で会社を作りました。

当時は資本金300万円ないと会社が作れなかったんで、100万円ずつ出して会社を作り、自分たちの塾を作めたのが2004年です。

辛口ネコ「人気があるから独立しました」って、勢いあるニャ。

ハマーさんうーん。「どう考えても、自分でやったほうがいいだろう」と思ったんですよね。

サラリーマンの塾講師は、いくらたくさんの生徒を集客しても、成績を上げて結果を出しても、給料に結びつかないですからね。年に1回彰されるぐらいでした。

ただ、最初はキツかったですね。1年目は7人か8人しか生徒が来なくて。

全然食えないので、昼間は個別指導の塾でバイトして、夜は自分の塾で働きました。道路工事現場での赤灯振りのバイトも、けっこうな頻度でやっていましたね。

自分の塾よりバイトの方が稼ぎは多かったぐらいです。

辛口ネコ辛い社長人生だニャ。。。

バイトの学生たちから教わったTOEICの存在

ハマーさんそうやって自分の塾とアルバイトを掛け持ちして2年ぐらい生活していましたね。ただ、実績はきちんと出てきたので、経営状態は徐々に上向きになってきました。うちの生徒が公立トップ校や私立の名門に受かるようになったんです。

塾は口コミが命ですから、卒業者の弟や妹が来たり「あそこの子はあの塾へって成績が上がったらしいよ」と地域でうわさになったりして、生徒がものすごく増えました。

辛口ネコお。なんか上向きな話になって来たニャ。

ハマーさん1階にソフトバンクが入っている大きなビルの2階で、家賃が50万円ぐらいの所を借りました。それまでは人を雇う余裕がなくて創業メンバーの3人だけでやっていましたが、そこでようやく人を雇う余裕が出てきて。

そんな時、バイトの大学生がみんなTOEICをやってることに気づいたんです。当時のバイトたちはみんなけっこう優秀で、TOEICも600点、700点くらいとっていました。その中の一人に「塾長、これからTOEICをやっておかないとマズイっすよ」と言われたんです。

初受験の目標TOEIC 700点

辛口ネコでも、ハマーさんのメインは国語なんだから関係ないニャ?

ハマーさんまぁそうです。でも、例えば中学生の英検の指導があるのですが、面接の練習などもあるので英語担当の講師だけでは手が足りないことも。そういった時に手伝うのですが、僕は英検も受けたことがなかったので、指標が何もないわけです。

「塾長は英検とか持っているんですか?何もないのはマズイですよ」とも言われて。確かに、何も持っていないのはよくないな、と思いました。

辛口ネコ別に気にしなくてもいいのに、妙に真面目だニャ。

ハマーさんあと、僕はじつは検定モノ好きで。その年は、7月に歴史能力検定というのを受けたんですが、その後は何も予定がなかったので、だったらTOEICを受けたらちょうどいいかな、とも。そこから3カ月ぐらい、ものすごく勉強してTOEICを受けました。

辛口ネコきっかけは適当なのに「ものすごく」勉強するというのがそれらしいニャ。

ハマーさんあまりにひどい点数だと、塾長という立場の手前、まずいじゃないですか。「あそこの塾長TOEIC200点だぜ」とかうわさになったらいけない。

だから、せめて良い点をとらないとと思って、700点を目標にしました。500点とか600点だとバイトの学生と一緒だから、700点なら、とりあえずは「どやぁ!」って感じになりそうじゃないですか。

張り切って近所の書店にって、参考書を買ったんです。ところが、全然わからない。すごく難しくて。簡単だと聞いていたパート1も、何言ってるのか全然わからない。

「そんなにどんどん進むなよ!」という感じでした。

辛口ネコ塾長!ピンチですニャ。

ハマーさんいやもう、猛勉強モードですね。

塾の仕事は午後からなので、午前中は自由でした。なので、塾のある日の午前中は家で勉強しました。また、週2日は休みもあったので、休日は本厚木駅前の図書館で朝から晩まで勉強しました。

自分としてはけっこう頑張って、3カ月勉強したら、初受験で790点取れました。

辛口ネコほっとひと息、よかったニャ。。。なら、なんでその後TOEICを?

ハマーさん当時は、TOEICで900点を取れたら「神」という扱いだったんですよ。杉村太郎さんの『TOEICテスト900点・TOEFLテスト250点への王道』という本が売っていて、「900点取ったらすごいんだ」というイメージでした。

790点というと900点まであとちょっとなので、900点が取れたらすごいことになるな、と思って、引き続き勉強したんです。

多分、最初に取った点数が600点だったら「そんなものだろう」と思って、なかったことにして、もうそれ以上受験しなかったでしょうね。「600点だったら普通でしょ?英検3級ぐらい教えてもいいよね」という感じで。でもそこでまたま790点を取ったから、続ける気になりました。

辛口ネコ790点から900点はすぐだった?

ハマーさん790点の半年後、2007年3月に受けた2回目が860点でした。

2回目でそれだけ点数が上がったので「もうリーチだ」と思って勉強を続けていたのですが、そこからは厳しかったです。

塾が、時期によっては土日も忙しいので、TOEICを受けるチャンスがなかったこともありますが。その年はあと2回ほど受けて、845点とか855点とかでした。

結局、860点から点数が伸びない。勉強量は変わらないのに、点数が止まった。これが独学でできる限界だなとも思いました。

辛口ネコ残念だったニャ。。。でもその後、どうやって満点に?

ハマーさんネットで調べても、当時は、TOEICの情報は全然なかったです。ただ、前田先生(注:ヒロ前田さんのことニャ)のTOEICのメルマガを読んで、すごくTOEICを研究している人がいると知ったのです。

「これはすごい」と思って、前田先生の「ダッシュフォーラム」という無料セミナーにきました。

まだ前田先生も有名ではなかったから、参加者は4人くらい。セミナーを2時間ぐらい受けて、懇親会に参加して、その時にたくさん質問して、色々なことを教えてもらいました。

辛口ネコへぇ。たとえば何が参考になったニャ?

ハマーさん当時の僕の勉強法は、すごく時間を割いて勉強をしているんだけれども、本を買って、問題を解いて、復習して終わり、また次の本を買う、というもの。これを繰り返してたんです。とにかくめぼしい本を片っぱしからやったんですよ。

TOEICの勉強を開始した時からずっとそのスタイルで、860点前後で頭打ちになっていた。自分では勉強しているつもりだし、持っている本も多いのだけれども、逆に「それがダメ」と前田先生に言われました。

「やり残しがあるのに、新しい本をどんどんやっているからいけない」「1冊の本を完璧にやりきって、全てを知り尽くしたと言えるぐらい勉強してみてください」と。

そのセミナーの後の半年間は1冊か2冊しか勉強しなかった。模試が3セット分入っている本を、半年間、何回も何回もやりました。そうしたら、いきなり970点になったんです。

目標だった900点を軽く超えて、一気に満点に近くなった。嬉しかったですね。

TOEIC勉強ブログの縁で編集者に


濱崎潤之輔さん

辛口ネコそしたら、自分の塾でTOEICを教えたりしても良さそうなのに、なぜそこから編集者になるニャ?

ハマーさんその当時、毎日の勉強をずっとブログに書いていたんですね。と言っても、当時は教える側ではない単なる受験者ですから、書く、と言っても「今日は何を勉強した」というような単なる記録です。

自分のモチベーション維持のためのブログですが、毎日毎日、飽きずに更新していたら、ある日、出版社の方から「うちで働きませんか?TOEICの本を作りましょう」というお誘いのメールが来たんです。

2月か3月で、ちょうど受験が終わった時期でした。普段は、受験生を抱えているので辞めるわけにいかないのですが、辞めても良いタイミングにお誘いが来たんですね。

辛口ネコ誘う方も応じる方も勇気ありすぎ。蛮勇だニャ。

ハマーさん自分の塾もあるので葛藤もありましたが、編集者をやってみたいという思いもありました。僕は元証券マンでしたが、実は、本当になりたかったのは編集者だったんです。

集英社・小学館・講談社とか、東スポ・スポニチ、新聞や雑誌、マスコミ系をたくさん就活で受けて、全部落ちました。一番良い所までったのはテレビ朝日で、5次面接くらいまできましたが、他はことごとく落ちてしまって。

編集者になれるというお話がいきなり出てきたので驚きましたが、少し考えた後、正社員の編集者として入社しました。

辛口ネコなるほど〜。編集への思いとTOEICでの成果が、大きな転機になったのニャ。

次回は後半。編集者から英語講師になったお話と、TOEICの勉強法について聞いてみる予定ニャ!

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編集:GOTCHA! 編集部

写真:山本高裕(GOTCHA!編集部)