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chickenとa chicken。「気持ち」を考えれば冠詞の使い方は間違えない!

chickenとa chicken。「気持ち」を考えれば冠詞の使い方は間違えない!

英語で「a」の使い方を間違えると、意味を勘違いされちゃうの?それとも、何とか通じるの?『本当はちゃんと通じてる!日本人エイゴ』の著者、カン・アンドリュー・ハシモトさんに、本当のところはどうなのかを教えていただきます。

日本人が言いそうな英語表現を取り上げて、実際に英語のネイティブスピーカーはそれに対してどう感じるか、という連載の第3回目です。第1回では「間違いだと定説になっている英文」第2回では「外来語が英語として通じるのか」を取り上げました。

そして今回は、日本語にはない「冠詞」についてお話しようと思います。

冠詞の使い方を間違えたら恥?

冠詞は article と言います。a や the のことですが、日本語にはこの冠詞がないですよね。単数形、複数形もない。だから時には間違えてしまってもそんなこと当たり前。僕はそう思うのですが、絶対に間違えたくない、間違えたら恥ずかしいと思う人たちがたくさんいるみたいです。でもそんな人たちにこそ勇気を持ってもらいたい、と僕は思っています。

そこで今回、僕が特にお伝えしたいのは「冠詞を使うときの気持ち」についてです。英語を母語とする人間はどんな気持ちで a を付けているのか、なぜこれには a は付けないのかなど、その気持ちをお話しします。みなさんが英語を話すときのヒントになるとうれしいです。

“a chicken”が意味する本当のモノは何?

“a chicken”が意味するものは何?

まずは、次の文を見てみましょう。

「昨日のディナーでローストチキンを1切れ、食べたんだよね」と言うつもりで、

I ate a chicken for dinner.

こう言ったら、「チキンを1羽丸ごと食べた」と思われる?

つまらないかもしれませんが、まずは正論から。

そう、a があるだけで「生きているニワトリ1羽」(ま、死んでいてもいいんですが、つまり羽根とかトサカとかが付いていて食肉の状態じゃないという意味)、または「鶏肉を1羽丸ごと」という意味になってしまいます。

だから、言葉だけ見ると「ニワトリを1羽食べた」または「鶏肉を丸ごと1羽分食べた」と思われてしまう。

だけど「これを聞いてどう思うか」という質問に答えてくれた友人たちの意見はこんな感じです。

“Depends on the situation.”
(状況による)

“Depends on the speaker.”
(誰が言ってるのかによる)

「それってどういう意味?」と僕が聞くと、「そう言ったのがかわいい女性なら、チキン1ピースのことかなと思う」とのこと。

また「英語を母語としない人が言ったのならチキン1ピースのことだなと思う」という意見も。

「チキン1羽まるごと食べたって思わない?」と僕が聞いてみると 、“Don’t be square, Kan.”(堅苦しいんだよ、カンは)と言われました。

有名私立高校で英語を教えている東京都内在住のアメリカ人は、“I think very few people would assume that it’s a whole chicken.”(鶏まるごと1羽って考える人はほとんどいないと思う)と答えました。

ちなみにアメリカのアリゾナ州にいる僕のめい(大学生です)は、クリスマス休みに1日かけて1羽丸ごとの鶏肉(a whole chicken)食べたことがありますが・・・。

実際には、調査した72人中30人(42パーセント)が「全く問題ないと思う」、26人(36パーセント)が「まあ、いいんじゃない」と答えました

実は chicken には、「ニワトリ」という意味と「鶏肉」という意味の両方があるんです。でも牛や豚は違います。生きている動物としての牛や豚は cow とか pig。牛肉、豚肉は beef や pork と言葉が変わります。ニワトリは鳥としてのニワトリも鶏肉も chicken。アヒル(or カモ)も、鳥としてのアヒルもアヒル肉も duck です。

chicken は a がなければ「鶏肉」の意味なんだけど、a があるだけで「ニワトリ1羽」か「鶏肉まるごと1羽分」という意味に変わってしまう。面白いでしょ。

で、「それってどうして?」と思う人のため、次に「冠詞を使うときの気持ち」をお話します。

抽象的な何かを具体的なモノに変換する「a」

抽象的な何かを具体的なモノに変換する「a」

まず、みなさんに質問。

例えば、一緒に暮らしている恋人がダイエット中だとします。あなたもこの2、3週間夕食はずっと野菜と果物ばかり。あなたは意を決して恋人に「今日くらい肉食べない?」と言ってみる。このときあなたの頭の中には何がありますか。

例えばそれが1枚の大きなステーキ肉なら、a steak でオーケー。「1枚の」という意味で a が付きます。でも何となく漠然と「肉、肉・・・肉食べたいよぉ」と思っているなら、頭の中に1個の肉、2個の肉というイメージがないですよね。そのときの肉って数えられるというイメージがわかないと思いませんか。

「肉食べたい」と言うときの頭の中にあるイメージって数えられるものじゃない。その肉の種類が限定されたとしても、chicken も beef も pork も数えられる名詞じゃない。

 数える必要があるときには、a piece of(1切れの)とか a chunk of(1かたまりの)のように「イメージとしての肉」をノコギリか何かで切り分けて、見える形にして、数えられる次元に持ってくる。数えられないイメージに形を与えることで数えられるモノに変換する。そんな役割をするのが a piece of や a chunk of、または a という言葉なんです。

chicken の場合は a を付けることでいきなり「1羽まるごと」という数えられるモノに変換される。a を付けるだけで「イメージ」から「具体的な数えられる何か」に変わる。冠詞を使うときの気持ちってこれです。何となく分かってもらえたでしょうか。

でもね、この例文、実際の会話では、

「え、1羽丸ごと食べちゃったの?」

「あ、違う、そうじゃないんだ」

「どういうこと?」

「骨付きの chicken leg を1ピース食べたって言いたかったの。おいしいレストランだった」

「あ、そういうこと。今度は僕も誘ってよ」

「ぜひぜひ」

みたいな感じで、少しくらい誤解があってもそれを修正していきながら会話が弾んでいったほうが楽しいと思うのです。どうでしょう?

交通手段に冠詞は使わない?

「バス」と「愛」の共通項とは?

次の例を見てみましょう。

「バスで通勤しています」のつもりで、

I go to work by a bus.

と言うと「バスの隣の(by)職場に通っています」の意味になる?

1つ目の例ではまず正論を書きました。それは「うん、そういう誤解、あるかも」と思ったから。でもこれに関しては正直「そんな誤解、ありえないでしょ」と思いました

ちなみに正しい言い方は I go to work by bus. そう、a は不要です。

で、以下が友人たちの意見。

“Come on! It’s just a teeny-tiny thing.”(頼むよ、ちっぽけなコトじゃないか!)

“Be flexible, man!”(もっと柔軟に考えようよ!)

“It’s very clear what he or she wants to say.”(その人の言いたいことはとても明確)

“Very strict with grammar!”(文法にすごく厳しいのね!)

72人中50人(69パーセント)が「全く問題ない」と答えました

「意味は明らかに分かる、by a bus と言うのを聞いたらこの人は英語圏の人じゃないと思うだけ」(イギリス人女性)、「何か特別なバスが頭の中にあったから、a bus と言ったんじゃない?例えば会社の送迎バスとか」(イギリス人男性)

僕も bus の前に a があるからと言って「バス車両の隣に職場がある」と聞こえるなんてありえないと思います。

bus に a が付かない理由は、chicken と基本的には同じです。だけど、こっちの方がより分かってもらいやすいように思うので、これに関しても「冠詞を使うときの気持ち」についてお話してみたいと思います。

「バス」と「愛」の共通項とは?

「バス」と「愛」の共通項とは?

最初の例文では「イメージとしての肉」について書きました。だから、これも「イメージとしてのバスか?」と思いますか?違います。

例としてお話ししたいのは「愛」とか「恋」。それは「あなたの去年の恋人」とか「あなたが愛している人」ではなく、「愛とはどういうものか」とか「恋愛とは何か」ということ。それについて考えてみてほしいのです。

そのときあなたの頭に浮かぶのは何でしょう。それは愛についての「コンセプト(conception)」だと思います。日本語で言うと「概念」。これって数えたりできるものではないですよね。そもそも数えるという発想さえ出てこない、そういう種類のものじゃないでしょうか。

よく「これは数えられる名詞ですか?それとも数えられない名詞?」という質問を聞きますが、僕は「数えられない名詞」は「数えるってことが思いつかないタイプの名詞」であることが多い気がしています。

「恋人」は数えられるけど「愛(という概念)」は数えるっていう発想すらない。誰でも過去の恋人の数を数えたことはあると思いますが、「愛」については数えるってことさえ思いつかない。

英語では両方とも love。a があるときには「恋人」、ないときには「愛」。beauty も同じです。aがあれば「美しい人」で、なければ「美」という意味。「美」を数える発想なんてないですよね。

I go to work by bus. も、これとまったく同じです。

「バスっていうもの」で仕事に行ってると考えてみてください。そのとき「バスっていうもの」は概念であって、「具体的なバスの姿」はあなたの頭の中に浮かんでいないと思いませんか。

「いや、浮かんでると思うけど?」という人、もうちょっとだけガマンして付き合ってください。

例えば「角でバスを見たよ(I saw a bus at the corner.)」と言う場合、あなたの頭の中にははっきりと「バスの形や色」があるはず。でも「もしバスで行くなら間に合うと思うよ(If you go there by bus, you’ll be in time.)」と言う場合はどうでしょう。あなたの頭の中にはバスの形や色は浮かんでいますか?どう?そんなものはないですよね?

「車なら10分かかるよ、バスなら20分かな?電車なら15分だと思う」と言う場合はどうでしょう?想像してみてください。「車、バス、電車」の「形や色」は頭の中にありますか?ないでしょ?ないですよね?(強引?)

色や形がないから具体的に目に見えない。つまり「そもそも数えるってモノじゃない」。だから a が付かない、というわけです。

教科書の説明は忘れてイメージで捉えてみよう

教科書の説明は忘れてイメージで捉えてみよう

「手段や方法の場合は a が付かない」というような説明を、英語の教科書や参考書で見たことがあります。それは正しいかもしれない。でも僕には違和感があります。

でも、そうだとしたら「黄色いバスで仕事に行ってるんだ」とか「公共のバスで仕事に行くんだよ」という場合はどうなるんでしょう?実際は、「黄色いバス」なら I go to work by a yellow bus. ですし、「公共のバス」なら I go to work by a public bus.です。両方とも a が付きます。

なぜでしょうか?yellow とか public という言葉が付くことで、「バスっていうもの」という「概念」(conception)が、形や色が思い浮かぶ「モノ」に変わってしまう。つまり数えられる、だから a が付く・・・。どう?シンプルでしょ。

日本の英語参考書には「この名詞には a を付ける、これには a は付かない」ということが必ず書かれています。僕は英語を教えることが職業ではないので、あまりこんなことを言うべきじゃないけど、僕はこの表現にも違和感を覚えます(英語の先生たち、怒らないでね)。

例えば「僕は夕食に○○を食べた」と言いたいとき、あなたの頭の中に具体的に「数えられる何か」の映像があるとします。「ステーキ1枚」とか「魚一切れ」とかね。そのときは I had a ... / I ate a ... のように a を付けて言います。

「この名詞には a が付く、この名詞には付かない」というよりも、僕は頭の中に具体的なイメージがあれば a がある、なければ a がない、そういうものだと思うのです。

つまり「えーと、昨日何食べたっけ?あ、そうだ、これ食べたよな、あれ食べたよな」と思い浮かべているときは、「具体的なイメージ」を頭の中で探しているんだと思うのです。

だから、そういうときはまず I had a ...と言ってその後の言葉を探す、つまり a がそれに続く「映像になるモノ」を探しているはずです。実際に話しているときにはこの名詞に a が付く、付かないではなく、頭の中に具体的にイメージできる何かがあればまず a を言って、そのあとに単語が出てくる、という順序です。

これ、英語を外国語として学ぶ人たちにも共有してもらえる考え方だと思うのです。数えられる名詞、数えられない名詞を1つ1つ覚えるのも素晴らしいことです。でも頭の中にある映像が数えられるものなら a を付ける複数形になる、そうじゃないなら a は付かない、そういう思考回路で英語を話してみても悪くないと思います。

ちょっとだけ乱暴な意見かもしれませんが、「冠詞を使うときの気持ち」を少しでも分かってもらえたら幸せです。どうもありがとう。

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カン・アンドリュー・ハシモト

カン・アンドリュー・ハシモト
アメリカ合衆国ウィスコンシン州出身。教育・教養に関する音声・映像コンテンツ制作を手がける株式会社ジェイルハウス・ミュージック代表取締役。英語・日本語のバイリンガル。公益財団法人日本英語検定協会、文部科学省、法務省などの教育用映像(日本語版・英語版)の制作を多数担当する。また、作詞・作曲家として、NHK「みんなのうた」「おかあさんといっしょ」やCMに楽曲を提供している。2018年7月より9作目の著作『外国人に「What?」と言わせない発音メソッド』(池田書店)が発売中。