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人間にしかできない翻訳とは?機械翻訳の発達によって変わる翻訳の仕事

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今年は、Google翻訳の進化が大変話題になりましたね。ネット上では「もう英語は勉強しなくていいのでは?」「人による翻訳不要になるのでは?」という意見もよく見かけました。 プロの翻訳者は、この事態をどう考えているのでしょうか。出版翻訳の分野で25年のキャリアを持つ実川元子(じつかわ・もとこ)さんに寄稿していただきました。

機械翻訳引き起こす業界の変化

『翻訳というおしごと』という本を執筆するにあたって、さまざまな分野の翻訳者たちを取材した。そこであらためて痛感したのが、今、翻訳業が過渡期にある、ということだ。過渡期とは、混乱期。混乱を抜ければ、バラ色の未来が開けるのだろうか? どうもそうではなさそうだ、という危機感が執筆の動機となった。

実務翻訳や映像翻訳の分野であれば単価の下落、出版翻訳であれば印税率の減少など翻訳業界の現状に危機感を覚えている翻訳者は少なくない。ビジネスがグローバルに展開されている今、翻訳の需要は増えているし、翻訳者の数が十分に足りているとは言えないはずだ。ところが翻訳の仕事に対する報酬が上がっている、という話は聞かない。需要>供給のはずなのに、なぜ報酬は上がるどころか下がる一方なのだろう?

答えを求めて翻訳者たちに疑問をぶつけると、誰もが異口同音にあげたのが、「AI(人工知能)を活用した機械翻訳が、業界に変化をもらたしている一つの要因」ということだった。たとえば翻訳業界では近年、機械翻訳にかけた訳文を、筋が通って読みやすい文章にするポストエディットという仕事があらたに生まれている。当然、ポストエディットの仕事の単価は、最初から翻訳するよりも低い。それが翻訳者の報酬を下げる一因にもなっているという。

翻訳者は40年以上機械翻訳に脅かされてきた?

正直、現在第一線で活躍している翻訳者の口から、またもや「機械翻訳に人間の翻訳者は脅かされている」という話を聞くとは思っていなかった。25年前、私がフリーランスの翻訳者になると決意したときも、周囲から同じ理由で反対されたからだ。「機械翻訳が発達すれば、いずれ人間の翻訳者は必要なくなるよ。翻訳の仕事に未来はない」

機械翻訳が注目を浴びるようになったのは1970年代で、当時は20年もすれば機械のほうが人間より優れた翻訳をするようになる、とまで言われていた。その20年がたった1991年に翻訳者になったのだから、駆け出しの数年間は毎年「今年はいいとしても、来年は仕事があるだろうか?」とおびえていた。ときどきこっそりとネットの自動翻訳を試しては、その稚拙さにほっと胸を撫で下ろしていたのだが、そのうち多忙にかまけて敵(=機械翻訳についての情報収集を怠るようになってしまった。恐いからあまり知りたくない、という気持ちがあって調べなかったことも認めよう。とにかく怖いものには背を向け、何の根拠もなく「きっとまだまだ大丈夫」なんてタカをくくっていた。

しかしここ数年、自分も機械翻訳が起こしている変化の波にのみ込まれているのではないか、という不安が、いよいよ現実のものとなってきていることはうすうす感じていた。

機械翻訳による効率化はグローバル・スタンダード

中岩浩巳名古屋大学大学院教授は、機械翻訳が変える翻訳業界について実に的確な未来像を提示している。

中岩教授はまず、Web時代に入って、膨大な対訳データを解析し、統計結果から適した訳し方を割り出すことが可能になったことが機械翻訳のブレークスルーになった、という。やはり1990年代に機械翻訳は進化したのだ。そしてディープニューラルネットという機械学習のアルゴリズムを積極的に活用する翻訳方式を取り入れることで、より細かい翻訳対応できるようになったこと、Google翻訳精度最近急激に向上したのはその一、という解説はどれも目からウロコだ。そうか、機械翻訳は膨大な対訳を集めて学習しながら翻訳しているのか。すごいではないか!

などと感心している場合ではない。膨大な対訳データを解析して、適した訳を見つける、というのは人間にはできない作業である。そしてそういうやり方の機械翻訳が、作業効率を大幅に向上させる分野がある、というのも理解できる。適した訳語が、人間よりはるかに短い時間で見つけられ、しかも安くできるのであれば、人間をわずらわす必要はないだろう。それなら機械翻訳が人間に取って代わる時代は、いよいよ目の前ということか。

実際、中岩教授は「翻訳業業界は今、グローバルな競争の時代」に入っていて、「自動翻訳を使って作業効率化するのがスタンダード」になっている、という。まだ日本ではそれがスタンダードにはなっていないが、いずれは「自動翻訳活用しなければ生き残れ」なくなり、その流れは「もう止めることができない」というのが中岩教授の結論だ。

人間にしかできない翻訳とは?

その結論を聞いて私が「ほら、やっぱり人間の翻訳者は機械に取って代わられる。もう必要とされない仕事なのだ」と落胆したかというと、実は反対だ。機械翻訳仕組みと、それができること、できないことを知った今だからこそ言える。翻訳者が生き残る道はきっとある。私のその確信を裏付けてくれたのが、取材した翻訳者たちだ。

「機械翻訳がスタンダードになる時代に、翻訳者が生き残る道はあるでしょうか?」という私の問いかけに、取材した翻訳者たち全員がきっぱりと言い切った。

「人間にしかできない翻訳をすること。それが生き残る道です」

人間にしかできない翻訳とは、いったいどういうことか?

返ってきた答えは一つではない。書き手の言いたいことを、文章間からも読み取って理解すること。単語ごと、文章ごとに訳を対応させるのではなく、言語構造が違う言語であることを踏まえて、内容の「軸」を合わせた訳文にすること。書き手が頭の中で描いたイメージと、読み手のそれとを一致させる表現にすること、等々。少なくとも現在の機械翻訳では、そういった「翻訳」はまだ可能ではない。人間の翻訳者はそこに活路があるはずだ。

もちろん生き残るためには努力が必要だ。機械にはできない翻訳、ではなく、人間にしか、そして自分にしかできない翻訳をめざすこと。そのための日々の研鑽が、翻訳者の明るい未来を開いてくれるはずである。

 

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実川元子

実川元子(じつかわ・もとこ)http://www.motoko3.com/
1954年兵庫県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒。アパレル会社勤務を経て、1991年に翻訳者/ライターとして独立。主な翻訳書に『PK―最も簡単なはずのゴールはなぜ決まらないのか?』(ベン・リトルトン著、カンゼン)、『孤高の守護神 ゴールキーパー進化論』(ジョナサン・ウィルソン著、白水社)、『GILT―ITとファッションで世界を変える私たちの起業ストーリー』(アレクシス・メイバンク、アレクサンドラ・ウィルキス・ウィルソン著、日経BP社)、『エキストラバージンの嘘と真実―スキャンダルにまみれたオリーブオイルの世界』(トム・ミューラー著、日経BP社)、『堕落する高級ブランド』(ダナ・トーマス著、講談社)ほか多数。2016年12月にアルクより『翻訳というおしごと』を刊

編集:GOTCHA!編集部